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2013年7月 8日 (月)

“古川筋”のロマン、 「一休禅師 生母の墓」

  一休禅師の足跡ではないのですが、一休さんのお母さんの話しです。

諸説あるそうですが、村芝居の脚本では、一休(幼名は千菊丸)生誕の地は京の嵯峨野で、母は日野中納言の娘、照子姫となっていたりするのです。しかし、確かなことは分っていません。ものの本によると、足利氏に征服されて雌伏の時期にあった楠氏の出身だとも云われています。

 

 一休さんが生まれたのは、応永元(1394)年正月元旦、その母は、後小松帝につかえて寵愛を得ていたが、告げ口により宮廷を追われ、京洛の民家に移って一休さんを産んだと云われています。

  その一休さんの生母、名は不詳なれど、どうやら、楠氏一族に連なる人であったようです。その墓がなんで門真市三ッ島にあるんかいな・・・。そのあたりに想いを巡らせてみました。

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  このくすのきの巨木は、「堤根神社」の東向かいにあります。

 

 

 

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  大阪府門真市三島(みつしま)界隈は、古くは、旧淀川・寝屋川・古川に囲まれた低湿地帯で、仁徳天皇の時代には、水害から田畑を守るための、いわゆる“輪中(わじゅう)堤防”が築かれたそうです。この堤防を「茨田(まんだ)の堤」と云います。その堤の守護のため、あちこちに「堤根(つつみね)神社」が祀られています。その社頭木は、決まって「くすのき」です。それは、蟄居を余儀なくされていた楠一族が、自らの存在を残すためにしたことではないかとの説があります。

 

 

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  いずれにせよ、一休さんの母堂は、そうした楠氏の系統の人だったのでしょう。時の第百代後小松帝の官女となり、やがて、諫言によって、都を追われ、洛南のどこかで、一休を産んだのだそうです。

  
  

 

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  大きな「くすのき」が、集落の中にもそびえています。

 

 

  伝 「一休禅師 生母の墓」 は、下三ッ島公園の一画にありました。

数年前に開通した、第二京阪国道のすぐ傍ですが、道路の工事に伴って整備されたもののようです。

 

 

 

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  かなり大勢の子供たちが遊んでいる、その奥の、民家の庭に喰い込んだ位置に、フェンスに守られて(ちょっと守られ過ぎ?)鎮座していました。

 

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  この「下三ッ島公園」の南側を 第二京阪道路(上は高速道路、下は一般国道1号線のバイパス)が通っています。さすが、2010年開通の新国道なので、ゆとりのある設計になっていますなぁ。

 

  最初に記しましたが、この辺は、輪中堤防に囲まれた低湿地でした。私が小学校1年のとき、辺りは、レンコン畑が生駒山の麓まで広がっていて、朝な夕な、白鷺の列が飛んで行くのが見えたものです。そのレンコン畑、今も宅地開発を逃れてか、一部で残っていました。

 

 

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  今の花見は桜ですが、古来、蓮の花をめでることが“花見”であったそうです。都から舟で淀川を下り、古川に入ると、蓮田が広がっていたのでしょう。夜明けにポンと開花するさまを見るのが狙いだったそうで、前泊したのでしょうな。
 ものの本によると、このあたりでは、「野口の里」 が花見の拠点になっていたそうです。それは、あるいは、京阪・大和田駅の南方、上野口町あたりになるのかも知れません。

 

  そうした蓮の花見が、時の帝と楠氏の三女の邂逅のきっかけであっても、何の不思議もないと思うのです。これを “古川筋のロマン” と呼ぶことにしています。

 

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  レンコンを運ぶ田舟を通すため、昔からの畦道の橋は、高くなっていました(今も面影が残る橋を見つけました)。この橋は、私の遠い記憶をよみがえらせてくれました。通り掛かった地元(門真市北島)の方によると、この辺で今も残っているのは、これだけだと云うことでした。

 橋の向こう側に、私が置いたペットボトルが写ってしまっています。

 

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  この田舟、悪童が悪さしないように、わざと水舟にしてあるそうです。今も実用されることがあるのでしょうな。

 

 

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  「くわい」 は、かつては、レンコン畑の上の方に植えられていたように記憶していましたが、今回、ところどころに専門の畑を見掛けましたた。

 

 

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  この日、7月6日は、湿度も高く、なんとも暑い一日でした。なお、京阪・古川橋駅から、自動車試験場を経て門真団地を結ぶ京阪バスは、土・日、一時間に一本しかありません。

 

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  「下三ッ島公園」は、地下鉄・門真南駅から北東方向へ歩10分ぐらい、第二京阪国道沿いにあります。
 堤根神社や大楠は、三島大橋から南へ5分くらい歩いたところです。
 また、レンコン畑は、「下三ッ島公園」から、第二京阪国道沿いに15分ほど歩いたあたりで見ることができます。

 

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コメント

南太郎さんのブログは詳しい解説付きなので大変勉強になります。田船が悪ガキから守る為水船になってるのは面白いですね。

同じ舟の画像を上げている別の方のブログには、『廃船になったのかも知れない』と書かれていました。半分水に浸かった船が都会の中の農村地帯に残っていると『何の手入れもされず放置されているもの』としか思われなくなる時代が来てしまったのでしょうか?

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