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2013年5月27日 (月)

一休さんに息子が居た !? 一休禅師の足跡 ④

 

 禅僧にして、一切の戒律にとらわれなかったと云う一休禅師に、“息子”が居ても不思議ではなさそうです。水上勉の著作 『一休』 でも、女、肉喰、酒、淫坊の出入りも己の意のままだったと、風狂三昧な一休禅師の振る舞いに触れています。


 さて、その“息子”の名は、「紹偵」と云います。一休伝記の幾つかで、実子である、とかないとか云われているそうですが、500年以上を経た現在、一休禅師を見た人はいない訳で、その行実に、勝手な想いを巡らせたところで、咎めることも おまへんやろ。




   

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  この一風変わった門構えのお寺が 「瑞輪寺(ずいりんじ)」 です。阪急電車宝塚線の岡町駅から東へ、豊中市役所へつづく商店街を、「原田神社」をかすめながら歩くと、左手に案内板が見えます。

  この「瑞輪寺」には、一休禅師の実子だと云う、「紹偵(しょうてい)」のお墓だとされる僧塚があります。「紹偵」はこの地に生れ、摂津桜塚に住んでいたそうです。堺で修行して禅僧となり、60歳のとき、この寺で亡くなったと説明板に記されています。堺での修行時代、弟子として、住吉の 『牀菜庵』(しょうさいあん)に一休さんとともに住まいしたとの説もあるそうです。

 なお、摂津桜塚は、岡町駅東すぐにある「原田神社」を総氏神とする近隣72村の一つであったと云うことです。


 



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 ところで、この「瑞輪寺」は、もともと「原田神社」の宮寺(神社に付属して置かれた寺院)だと云うことですので、すぐ近くにある 「原田神社」 へも寄ってみました。
 

   能勢街道に沿った南北の商店街と境内との間の建物が、クスノキ(?)の大木を取り込んでいて、思わずカメラを向けました。

  

 

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    拝殿        
  

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   摂社十二神社   低い位置の〆縄が特徴的でした。


  
  
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  商店街の入口近くにあった お宮さん兼の民家(?)



  
  
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   商店街にあった、名刺・はがきの印刷屋さん。活字を使う小型活版印刷機(“プラテン”)が現役でした。懐かしいなぁ・・・。これも、思わず撮らせていただきました。(ちゃんと店主にお願いしましたよ)  
  

  

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 豊中市役所から岡町駅へつづく、桜塚商店街は、桜塚高校生で一杯でした。
 

 

    
  

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  ■ このシリーズの参考文献は、水上勉 著 『一休』 (中央公論社 昭和55年刊)です。

  なお、今回の写真は、本年(2013年)3月に撮影しました。

 

 



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